九月某日 曇

 

 

 文学祭が開かれている外国に来ている。

 地図で見ると、この国は「北半球の果て」とでも言うべき場所に、かなり適合している。

「アジアの果て」にかなり適合する場所にある日本からは、だから、遠い。

 長らく飛行機に乗り、さらにまた乗り継ぎ、ようやく着いたそこは、夜の九時なのにまだほの明るかった。

 港近くのホテルに、静かにチェックイン。

 

 

九月某日 晴

 

 

 太陽フレアの異常で、ふだんのこの季節には見られないオーロラが、空にかかっているとのこと。ただし、市内は明るいので、郊外まで車で移動しなければ見えない。

 北半球の果てでオーロラのもとにいる自分が、不思議なような、ずっと以前からこうなることが決まっていたような。

 

 

九月某日 曇ときどき晴

 

 

 仕事をする会場まで、歩いてゆく。

 会場をひとめぐりしてから外に出て、すぐ横にある湖をぼんやり眺めていると、年配の女性が話しかけてくる。

 自分の亡くなった父親はこの国の偉大な詩人で、本来ならばノーベル賞を受賞すべきだったのだが、不幸なことに受賞は逸した。誰よりも偉大な詩人なので、ぜひあなたも読むように。日本の小説は、一つも読んだことがない。でも、今度読んでみることにする。自分は学校の図書館の司書をしていたが、図書館は大嫌い。子供も嫌い。

 というような内容を、女性は十分ほど喋りつづける(こちらの喋るスピードが非常に遅くたどたどしいので、話そうとしてもすぐにさえぎられ、会話は一方的)。

 女性のコートはずいぶん古びてかなりほころびているけれど、織りは上等。あなたのリーディングを、明日は聞きに行くわ、と言い残し、女性は去っていった(翌日のリーディングに、彼女の姿はなかったけれど)。

 また夜に、オーロラ発生。オーロラのもと、夕食をとりに、近くの食堂まで歩く。

 

九月某日 晴

 

 現地で知りあった若夫婦と、食堂で一緒に食事。

 夫妻は、二人で楽しみのために共著の小説を書いているとのこと。ちなみに、内容は、わたしの英語力で聞きとれた範囲では以下のとおり。「二十四世紀から現代にタイムマシンでこの国の村にやってきた男が主人公。男は、死んだ後、クラウドに脳の情報を吸い上げられるのがいやなので(二十四世紀では、すべての人間が死後、脳情報を吸い上げられることになっている)、現代にやってきたのである。男は現代で平和のうちに死ぬ。そののち、タイムマシンを手に入れた村の人々が、歴史を糺すためにタイムマシンを縦横無尽に駆使する......」。

 みんなで酔っ払い、若夫婦の家まで歩き、そこでさらに飲む。猫が二匹いて、豊かに太っている。ちなみに、この国では、犬を飼うのには役所の認可が必要だそう。

 

九月某日 晴

 

 帰国の日。朝五時のピックアップバスで、空港まで行く。滞在中の一週間、一人も日本の人に会わなかったのだけれど、バスの中で自分と同年代の夫妻をみつけ、嬉しくなって話しかけてみる。

夫の方は一言も言葉を口にせず、妻の方はひどく用心深く「ええ」「いいえ」しか言ってくれない。

 出発の空港でも、乗り継ぎの空港でも、何回もすれちがったのに、ずっと顔をそむけられ、非常に不安な気持ちに。もしかして、北半球の果ての国で、わたしに何らかの変化が起こり、日本の人から排斥されるタイプの存在になってしまったのでは。

 不安なまま、成田に着く。入国審査ではさいわい排斥されず、無事入国。帰りの空港バスで空を見るが、もちろんオーロラはない。でも、東京にも空があって、智恵子は東京には空がないと言っていたけれど、東京の空も、好き。

 今月の東京日記は、いつもと雰囲気が全然違うと思いつつ、どうしてもこうなってしまう。やはり、北半球の果ての国で、何らかの変化が起こってしまったのだろうか(ということで、次回の東京日記は、どんな調子のものに?)。